"We have to learn about the conditions that set the problem in the course of trying to solve it."
(Noam Chomsky, 2008, On Phases, p.135)

書くということ

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06 12

久しぶりにブログの外観を更新し、そして思い切ってブログのタイトルを”A Singing Biolinguist”から”Biolinguistic Naturalism”に変えてみた。このBiolinguistic Naturalismというのは言語学的には単にNoam Chomskyがこれまでに提唱してきたmethodological naturalismだとかminimalismだとかいう名前でも呼ばれるような立場のことで、僕も最近の一連の著作で再強調している言語研究の方法論です(しかしその用語を実際に提示する論文を書けてない。一番近いのは”The naturalist program for neo-Cartesian biolinguistics“で言及した立場だろうか。この論文は早いとこリバイズしてどっかに投稿したいんだけど仕事がいつも後回しになる)。要するにヒト言語の研究を他の自然界のどの対象を扱う科学とも同じように研究しましょうってそういうことですな。その意味では単に方法論的自然主義(methodological naturalism)なんですが、言語の研究を通してこそ見えてくるような形而上学的な自然観への再考・洞察をきちんと推し進めていこうという意味でそれを特に言語学的自然主義(biolinguistic naturalism)と呼びました。

いやでもそんな言語学的な固っ苦しいことは抜きにして、このブログでは単に言語学者(biolinguist)として生きる日々で言語学者的に僕が考えたことを時々肩肘はらずに自然に(naturalに)発信出来る場になればいいな、という程度のゆるい意味でこのタイトルを選びました。よろしくお願いします。

僕はいつもブログって三日坊主で更新が疎かになります。それは忙しいということもあるし、また比較的時間が作れる余裕がある時にでも、なんというかブログを書くということを本来やる研究を脇においての「お遊び」というか「趣味」というか、なんというか生産的でない活動のようなものとしてなんとなく思ってしまっていたというのがあって、そのせいでやっぱりあえて筆をとるということに関して腰が重かったんですね。

ただ、最近知った数々の秀逸なブログを見て(「内田樹の研究室」、「My Life in MIT Sloan」、英語では「Talking Brains」なんか)、ブログを書くということを通して考えるということに改めて興味が湧いた。やっぱり考えって書いてなんぼなんだよね。

最近TwitterとFacebookでおおよそいかのようなつぶやきをしました:

Believe me or not, I sometimes get so impressed by my own past writings. Stupid as it sounds, some of them seems to me to be really well-written, and I can’t help keeping learning from them! lol Whether generated by my internal language or not, external(ized) languages are just out there and start their own life acting on my (and others’) mind. 

 (信じてもらえないかもしれないが、僕は時々自分の論文を読んで感心することがある。馬鹿馬鹿しいとお思いになるだろうが、その中の幾つかの論文は本当に良く書けていて、それを読んで学ばされるということが多いのであるw いかに僕の内的言語(I-language)を介して発話されたものとはいえ、外置された言語(E-language)はもう本当に外にあって、僕とは独立の生を与えられてそれが僕や他人に新たな影響を与えるってことを始めるんです))

もちろん後で読み返して破り捨てたくなるような下手くそな文章もいくらでも書いてきてしまっていますが(苦笑)、いや、僕の論文、なかなかよく書けてますよ(笑)。

ここに書いたようなことは、I-languageとE-languageを区別する常識を持つbiolinguistたちには当然のことかもしれないんだけど、でもやっぱり僕の言葉たちは外置されE-languageとなった時点でもう僕の手を離れた別個の存在になるんだな、というのは面白いことだと思うんですよね。詩人が紡ぎ出した詩、俳人が書した句、作家が書いた小説、歌い手が歌った歌、研究者が発表した論文、それらがその著者自身の心を再三惹きつけてやまない、ということはありうるんです。Chomskyがあんなに自分の過去の著作からの引用をしまくるのも、当時考えぬいて書き留めた力強いロジックや提言が今なお彼を説得し続けてるってことなんじゃないのかな。

願わくばそんな文章を書いていきたいですよね。


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