先日早稲田大学の久野正和准教授にゲストスピーカーとして彼の授業に呼んでいただき、「言語学、認知革命、自然主義」というタイトルで講演させていただだいた(2010/7/2)。久野先生とは上智・ハーバードの先輩後輩の間柄でよくお世話になっているのだが、そのご縁で50人以上の学部生の前で話をさせてもらえる機会を今夏は2回も与えていただけて恐縮至極である。今回は2回目で、1回目よりは時間配分等改善が見られたが、まだまだ平易な言葉でリズムよく話を進めるのがまだまだ不得手で、また説明ベタのせいでところどころ話の無駄な重複もあり、反省点の多く残る講演となった。
前回は特に学生に配るものは何も用意せず講演メモのみで臨んだせいで時間配分を失敗した経緯があるので、今回はある程度話の流れをつかんだシノプシスを載せた両面一枚のハンドアウトを配らせていただいた。まあこのままではこれ以降誰も読み返していただく機会も与えられないままお蔵入りになってしまいもったいないので、誰かの参考になるかもしれないということで一応そのハンドアウトを以下に一部加筆修正を加えた上で転載する。ご参考まで。
なお、僕はもともと哲学をやろうとして大学に入り、言語哲学→言語そのものというふうに興味の対象がシフトしていったという経緯があるので、言語学も好きながらこういう言語学が与える科学や哲学への示唆のような話もすごく好きでして、そのため普通の職業言語学者よりも多少は多くその類の論文を読んでいると思う(まあ言語学者をやる以上ある程度このたぐいの勉強はマストだと思うが)。この方面でもノーム・チョムスキーの思想の深みは絶大なんですね。こういう事に興味がある人はこの投稿の一番下にあげた参考文献等に手を伸ばしていただくといいと思います。僕自身がこのたぐいの問題について述べたものということなら、最近書いたブログ(「心の物理学」としての言語学は我々の心身二元論的常識をブチ壊していくのだ:(1) デカルトの形而上学的二元論の崩壊について)、および拙著The naturalist program for neo-Cartesian biolinguisticsをとりあえずは挙げておきます(後者は英語ですが)。
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- 生成文法成立以前の「こころ(mind)=白紙(tabula rasa)」という経験主義的精神観(要するに経験のみによる言語習得説)
- その背後には行動主義(behaviorism)や論理実証主義(logical positivism)などからの強い影響があった
- 「自然科学の対象は「観察されたもの」(observables、典型的にbehavior)に限る」というドグマ
- それを特に言語に当てはめれば、「 観察しうる言語表現(=E-language)が言語の全て」という想定に繋がる
- チョムスキーは自らの生成文法研究を通してE-language から I-language へ言語研究の対象をシフトすることを提唱した
- E-language: 外置された言語表現の集合、
- I-language: (原理的に無限個の)言語表現を生成する脳内の計算システム
- 20世紀中葉の「認知革命」(cognitive revolution)
- ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)らによる変換生成文法(transformational generative grammar)の理論
- デービッド・マー(David Marr)らの視覚の研究
- オカルトの領域と思われていた心の領域においてもその内的メカニズムの数理的研究が可能だということを彼らが説得力をもって示した
- 刺激の貧困(poverty of the stimulus)という存在証明の論法の力強さ
- 教えられてもないのに出てくる言語の普遍性が数多く存在する
- 構造依存性、
- 回帰性、
- 移動規則の遍在性、
- 普遍的な島制約の数々、等々
- 習っていない、後天的な経験を通しての学習からではどうしても説明がつかないこれらの特性は生得的にヒトに与えられている、と考えるよりほかない
- ただし、ヒト言語特有の生得的知識の内容が豊かになればなるほど、どうしてそんなメカニズムがヒトの進化の過程で現れたのかという進化論の問題への回答が難しくなるというジレンマがある
- 言語のデザインに関する三つの因子(three factors of language design)の概念による論点の整理
- ヒト(言語)特有の遺伝的特性 genetic endowment specific to human language
- 後天的経験・環境 experience, environment
- ヒト(言語)に固有でない認知法則や自然法則 natural laws and constraints not specific to human language
- 刺激の貧困問題の説明の比重を第一因子から第三因子へ移していくことで言語進化の謎を少しでも減じていく方向性を現代言語学は探り始めている
- 今後の研究課題としての第三因子
- 言語の計算を制限する計算最適化原理
- 統語的牽引操作(Attract)の最小性と物理の最小作用原理の関連を探る研究(Fukui 1996, Uriagereka 1998など)
- ゼータ関数(ζ-function)と句構造文法との連関を探る黒田成幸の研究(Kuroda 2009)
- フィボナッチ数列とXバー理論の連関 (Uriagereka 1998, Medeiros 2009)
- Charles Yangの仕事が第二因子の部分的復権を目指すことも第一因子の理論的負荷を軽減する意味がある
- 第三因子を言語研究において求めることの哲学的な意味:
- 言語学は(少なくとも方法論上は、願わくばゆくゆくは実質的に)物理学の一分野となる
- 精神の研究・心理学の一分野であるはずの言語学が同時に物理学でもあるというのはどういうことか
- デカルト的心身二元論以来、未だ多くの哲学者によって形而上学的に断絶したものと考えられている物の世界と心の世界の統一的原理を追求するということになる
- 哲学におけるphysicalism(唯物論)—これは「物」という概念が定まっていない限り内容を伴わない
- むしろ言語研究が勝ち得た知見こそが我々の精神観・物質観に再考を迫りうる
- その意味で、哲学的自然主義(philosophical naturalism)が新たな意味を持ちうるということ
- 言語学の「学際性」
- 言語の実地的な研究を通してあらゆる周辺分野に重要な知見を与えうること。
- 物理学等の自然科学で発見された自然法則の類いが言語のデザインの第三因子として言語の本質を形成する一端を担っているかもしれない。また逆に言語の研究を通して発見された認知法則の類いの対応物がモノの世界において発見されるかもしれない。
(参考文献)
- 福井直樹 2001. 『自然科学としての言語学』大修館書店
- 黒田成幸 1999. 「文法理論と哲学的自然主義」『言語と思考』(松柏社叢書 言語科学の冒険 3), ノーム・チョムスキー, 黒田成幸 著, 大石正幸 訳(黒田成幸 2005. 『日本語からみた生成文法』に再録)
- 黒田成幸 2009. 「数学と生成文法:「説明的妥当性を超えて」そして言語の数学的実在論」Sophia Linguistica 56, 1-36.
- Boeckx, Cedric 2010. Language in Cognition. Wiley.
- Chomsky, Noam 2000. New Horizons in the Study of Language and Mind. Cambridge University Press.
- Narita, Hiroki. 2009. The naturalist program for neo-Cartesian biolinguistics. In Proceedings of Sophia University Linguistic Society 24, ed. Takahito Shinya and Ako Imaoka, 55–91.
- Uriagereka, Juan 1998. Rhyme and Reason. MIT Press.
1 comment
Hiroki Narita says:
Jul 6, 2010
そういえば久野先生には講演後「成田くんは「類(たぐい)って単語を使いまくるよね」とご指摘を受けたが本当にそのとおりだ! この投稿の3段落目がひどい(笑)。