"We have to learn about the conditions that set the problem in the course of trying to solve it."
(Noam Chomsky, 2008, On Phases, p.135)

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質問されるのは楽しい(こともある)けど、質問の笠を着て自己アピールされるのはあまり好きではない、という話

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(学生さんにお話した話を一般化して覚書として書きます。僕がそういう注意をしたその学生さん本人がこのブログ見たら気分を悪くするだろうけど、たぶんあなただけのことではなく世に敷衍する問題だと思うから書くので許してね。個人は特定できないようにもちろん書くので。) 言語には疑問文を作る機能があり、それを用いて人は人に話しかけ、相手からのリアクションを促すことができる。現代はメールなどのツールで直接顔と顔を合わせなくても文字だけで他人にリーチできる環境もあり、疑問文を用いたコミュニケーションはいっぱい増えているだろうことと思います。が、タイトルにも書いたことなのですが、疑問文は純粋に情報や相手の意図理解等を問う「質問」に使える一方、実際は質問の笠を着た単なる「私をみて!」アピールというのが存在する。 チョムスキーは日々世界中から「私は言語についてX,Y,Z,…と思うがあなたはA,B,C,…についてどう思うか。意見を聞かせてください」系のメールを受けて困ってるってどっかのインタビューで言っていたと思うが、たぶんそこで起こっていることの中には上に書いたような質問の笠を着た自己アピールの疑問文も投げかけられていたに違いない。また、チョムスキーの何億倍も無名な僕ですら最近時々その種のメールを受け取るのだが、ときどき「質問」の意図がわからず答えあぐねているとき、上に書いたような「邪推」をしてしまうこともあります。 思い起こせば、僕が過去学生時に例えば福井直樹先生とかCedric BoeckxとかChomskyとかに対して同じようなことをしちゃったなー、あのときは迷惑だっただろうなー、と思う。 ただ、それでもああいう懐の大きい人達は、そういう背後の意図とかも全て見透かした上で、気前よくしっかり応じてくれたりする。偉大な人たちだなと思う。 過去の僕と同じ過ちを犯そうとしている諸君に言っておくと、おそらく彼らは、たとえば僕程度がぱっと思いつく上に書いたような「邪推」は、全て織り込み済みで行動されているものと思います。自己アピールはよっぽどまともな「質問」にまぶして上手に隠さない限りは簡単に見透かされますよ。注意してくださいね。 ところで、学生が自分の側に確たるachievementがなくても頑張って人に話しかける、ということ自体はとてもいいことだと思います。そうしなきゃいけないことだとも思う。どんどんやるべきです。質問があれば質問をすればいい。 ただし誠実に。自己アピール本位の疑似質問にありがちな、「何を答えればいいのか本当のところがわからない修辞疑問文」的なものは、それに応じるために何をすれば適切なのかを考えるコストが相手にかかる。「この人は何を訊きたいんだろう?」とか、「どういう答えが期待されてるんだろう?」とか考えるのは、基本的に非生産的(字義通り)だし面倒くさい。 なので、ごく単純な話ですが、他人に質問を投げかける場合、よかったら相手が簡潔に答えやすいように疑問文の方を調整してあげてください。その方がお互いにとって情報のやりとりの意味でもコミュニケーションのスムーズさにおいても有用だと思います。 一つの指針として、ちゃんとした質問はたぶんシンプルなもので、だから大抵は短く簡潔に書けるはずだと思われます。背景説明が必要な質問というのは存在するが、ただ、その質問を投げかける価値のある専門の人に書いてるんだから、前提の多くは共有されているはずで、その意味で背景説明も短くできるはず。一方、「私ってこんなすごいこと・深いこと考えてます、すごいでしょ」っていう自己アピール成分が増えれば増えるほど、疑問文まわりの余分な文量が増えていくんだと思う。ということで、短く書けない質問メールは、もしかするとちょっと立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。 良い質問はシンプルでand/or考える価値がある問題なので、それについても質問を受けた人も自然と考えたくなるものだったりします。短い質問で何行にも渡る多大な答えを受け取れたらそれはしめたもの。「答えの文量」/「質問の文量」の値が大きいほど良い質問、なんていうざっくりした指針もある程度有効かもしれません。 いつもそうですけど、これら全て自戒の意味を込めて書いてます。明日僕から長文メールを受ける方々、僕の言語能力の低さでご迷惑をおかけしてすみません。

言語学の「新しい仕事」(覚書)

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言語学における価値ある新しい仕事というのは (1) これまで十分に手を付けられていなかったissueがあることを示す (2) (1)に対する具体的な解決を証拠付けて論理的に説得力のある形で示す (3) (2)によって得られる、既存の枠組みの中で期待される効果(つまり(1)の解決)をしっかり果たせる、かつ既存の枠組みの別の場所に悪影響が出ないことを示す (4) (2)でもってこれまで期待されていた(1)/(3)以上の追加のbenefitがあることを示す という4つを満たす作業である。ここで、純粋にプレゼンテーションの問題として、(1)にはごく少数の(理想的には1つの)誰にでも通じる問題を設定するのが良い。 従来的な記述的な仕事はこの点(1)は誤らないから、その後でlabelingがどうのfeatureがどうのphaseがどうのcartographyがどうのと(2)以降にしょうもない提案が出てきてもまだ聞いていられる。一方、割と若い学生さんにありがちな、(1)にAもBもCも問題だ、とするのは得策ではない。できるだけ(1)の数を厳選して絞り、かつ広く問題の意義を理解してもらえるものにしたほうがいい。 また、「ミニマリズムをやりたい」という学生さん(にかぎらず先生方)にはさらに別のありがちな問題があって、(1)におよそ狭いChomskyan集団の外には通じるべくもないtheory-internalな問題を据えてしまうことがある。 (i) labeling理論下でCEDを出すにはどうすればいいか? (ii) Mergeの枠組みではなくMERGEの枠組みでhead-adjunctionに準ずる操作を捉えるにはどうすればいいか? (iii) MERGEの枠組みにおけるWorkspaceに語彙項目を足す操作は何か? (iv) Left peripheryの中でなぜTOP*だけが複数レイヤーを構成できるのか? (v) multiple spec constructionをlabeling failureから救う道具立て なんていうのを色々聞いてきました。これらはまあ、ミニマリズムやMERGEや、テーマを限定したワークショップの中での発表の一つとしてはまあまだ機能するのかもしれないですが、こういうのは、Chomskyの最新の論文とかに親しんでいる”hard core minimalists”にはある程度は通じる問題設定であるとはいえ、一度そういう狭いminimalist campの外に持ってくと、そもそも「は?何が問題なの?theory-internalなnon-issueでしょそんなの」と問題設定の意義自体が通じないと思われます。(1)にこういうトピックを選んで発表している人(学生さんに限らずもちろん大御所の先生さんもいます)は、(1)の話を始めた時点で例えば日本の標準的な言語学関係イベントの聴衆の9割の関心を失うことになる。こういうのは避けたほうがいいと思うので、やはり(1)には広く誰にでも通じる問題設定をおく、あるいは理論内的問題設定であっても少なくともそれの意義を十分に自分のいる枠組み外の人にも通じる言い方で表現する努力が必要と思われます。 さらに別の問題として、こういうやり方は、これから言語学やりたいけど生成文法/ミニマリズムっての面白そうだな、ちょっと興味あるタイトルだから見てみよかな、くらいの気持ちで参加してくれる若い人たちの気心をいたずらにくじくことにもなりかねないと思う。本来大変魅力的かつ挑戦的な企てである生成文法/ミニマリズムを推していく上で、これは実にもったいないし、ただでさえこのままでは尻すぼみになっていってしまう予感バリバリなミニマリズムの将来を明るくすることでもない。だからやはりせめて(1)には気をつけましょう。 もちろん、(4)を意図して書いたであろう論文やプレゼンでも、(2)すら満足にやれてないのは問題外である上、(3)で実は甚大な問題をはらんでいるケースも多々見受けられます。当然気をつけましょう。 諸々全てこれは自戒の意味を込めての覚書です。本年もどうぞよろしくお願いします。

[8] competence vs. performcance: 理論言語学と実験言語学の間にあるギャップについて

[01:27] おさらい: 生成文法は言語の無限性に注目することで従来の言語研究に数々の視点の転換をもたらした // [07:35] 理論言語学と実験言語学の間のギャップ∋言語能力(competence)と言語運用(performance)の間にあるギャップ // [14:47] 言語能力(competence)と言語運用(performance)の区別とは // [20:42] 言語産出(speech production)における言語使用の創造的側面(creative aspect of language use)の問題(デカルトの問題)は我々人間の理論的理解の範囲を越えたところにあるのかもしれない // [27:56] 言語産出と違い、言語知覚(speech perception)の問題に関してはある程度決定性を保ったモデルを作ることが可能かもしれない // [30:30] 重要な未解決問題:文法性の程度(degrees of grammaticalness)が統辞解析(parsing)のモデルに投げかける難問 // [47:25] 理論言語学が実験言語学との有意義な協働体制を実現するためには、経験的に妥当な統辞解析のモデルを作ることが何よりも必要である(理論家の踏ん張りどころ)。

[7] 原理・パラメターモデル(Principles & Parameters Model)

[00:00] はじめに (前回のおさらい) [05:50] Xバー理論 (X-bar theory) と 主辞パラメター (head-parameter) [29:46] 原理パラメターモデルの登場 [36:39] チョムスキーの原理パラメターモデルの評価 伝統的な句構造規則(phrase structure rules): (1) English: a. S’ → COMP S b. COMP → (XP) ±WH (i) +WH → if, whether, Ø (ii) −WH → that, Ø c. S → NP Aux VP d. Aux → Ø(Present),-ed(Past), will, … e. NP → […]

[6] UG構成要素の一例: 島制約(island constraints)、下接原理(Subjacency)の話

[00:02:45] はじめに [00:07:38] Chomsky’s (1964) A-over-A principle [00:26:22] Ross’s (1967) catalog of island constraints [00:38:31] Chomsky’s (1973) Subjacency Principle [01:12:07] Rizzi’s (1978) data from Italian (1) Wh-movement (simplified) structural analysis: COMP – X – wh-phrase – Y structural change: wh-phrase – X – ⊘ – Y (2) a. S’ → COMP S b. COMP → […]

[5] Syntactic Structures(Chomsky 1957)の変換生成文法

※今回のPodcast講義では補足資料が必要になります。HPからダウンロードしてください:Chomsky (1957) Syntactic Structures, Appendix II (PDF) // 講義補足資料のPDFはこちら。 [00:02:06] 前回までの簡単な復習 // [00:04:49] Chomsky (1957) Syntactic Structuresの概説 // [00:08:26] Appendix IIの見方に関する概説 // [00:17:15] (1) “The boy reads the books.” という文の派生(derivation) / Phrase Structure: Σ:  # Sentence # ―(F1)→ # NP + VP # ―(F2)→ # NP + Verb + NP # ―(F3)→ # NPsing + Verb + NPpl […]

[4] 生成文法研究はプラトンの問題(刺激の欠乏問題)の収集・整理から始まる

[01:27] プラトンの問題とは何か(プラトン哲学の紹介を交えつつ) // [15:15] I-languageという概念 // [17:26] 一般学習機構だけで言語の獲得の問題が片付くだろうか // [35:12] structure-dependence(構造依存性)の原理(サヴァンのクリストファーの実験の話など) // [38:48] 生成文法理論はUGの措定を通してプラトン主義と部分的合流を果たした // [45:11] 現場の生成文法研究は大小様々なプラトンの問題の収集・整理から始まる(冒頭の質問への回答として、反面教師的一例として成田の卒論と修論の研究テーマとその選び方に関する反省を交えつつ) // (今回配信分のハンドアウトはこちら)

[3] 生成文法理論はヒト言語の無限性の学問である

[00:01:26] 言語の進化学会(EVOLANG9)に関する個人的感想 // [00:27:27] ヒト言語の無限性 ([00:35:31] 小鳥の歌の文法との比較など) // [00:45:24] 無限性に注目することの重要性 // [00:55:05] 「生成文法」(generative grammar)とは何か // [01:01:11] 言語記述・言語獲得・言語進化という三つ巴の研究課題

[2] 成田広樹・福井直樹. 2011「言語を巡る「何」と「なぜ」」音読

今回は私成田が福井直樹先生との共著で言語学の面白さを論じた解説文の音読をお届けしたいと思います。第3回の配信ではこの解説文の内容に基づいた議論もお送り出来ればと思っています。 成田広樹・福井直樹 (2011). 言語を巡る「何」と「なぜ」ー生成文法の視点からー. 『日本語学』30(13): 24-33. [01:49] §1 無限性にまつわるヒト言語の固有性 [08:52] §2 併合理論の射程 [16:48] §3 言語獲得の問題と普遍文法 [25:20] §4 普遍文法と言語進化の問題 [30:45] §5 おわりに

[1] はじめに

こんにちは。成田広樹です。この度新しいPodcast「naturally mind/brain」の配信を開始しますのでお知らせします。私成田が授業や講演の準備をしている時、または学会などに参加して発表をしたり他の研究者の方の講演を聞いたりした時に考えたことなど、言語研究、そしてそれを取り巻く心の科学、脳の科学にまつわるアイディアを皆様と共有する場にしていけたらなと思っています。今回はこのPodcastingの趣旨説明が主たる内容ですので、言語・心・脳の研究を巡る議論は次回以降に配信していきたいと思います。2012年度内は主にノーム・チョムスキー(著)、福井直樹(編訳)『言語基礎論集』(岩波書店、2012年)の講読に基づくお話をさせていただきたいと思っていますので、ご興味のある方はどうぞお気軽にこちらのPodcastを登録していただけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。