"We have to learn about the conditions that set the problem in the course of trying to solve it."
(Noam Chomsky, 2008, On Phases, p.135)

数学(的思考法)とは? – 数学者たちとの飲み会記録

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06 27

さる某日、ボストン留学時代の仲間の数学者たちと飲んだんですが、その時に出た数学者たちの名言をまとめておきます。僕のつたない頭で精一杯咀嚼したもので、誤解は十分ありえますが、これはやはりブログの形で世に問う価値があると思いました。

1. 数学的な意味で視野が狭い人はよく答えを一般化しようとするが、本当に数学が見えている人は問題を一般化しようとする。

なんでそういうふうに頭が動くんだろう。その発想がなかった。

  • しかし、言語学でも思い当たるフシはある。Chomskyが “Conditions on Transformations” (1973)でSubjacency(下接条件)を提示し、RossのCatalog of islandsのいくつかを統一する原理を打ち立てたのは、どちらかといえば「答えを一般化した」という方の作業にあたる気がするが(それだけでも超すごい)、Rizzi (1978)がイタリア語のデータに基づくsubjacencyのbounding nodesのparametrizationを試みたのを見て、Chomskyはそれを高く評価しただけでなく、いわば獲得の問題一般に対してこのRizziタイプの解法が有効なのではないかという着想のもと、ご存知の「原理・パラメーターモデル」を打ち立てたわけで、ここで起こったことは、(後天的に学習できない知識の獲得という)「問題の一般化」だったのではないか。

2. 数学者A:「世の中の数学的問題には「才能がなくても解ける解法」(総当たり的な力技)と「才能がなければ見えない解法」(ひらめき・直観要素がある)の両パターンがある。」
数学者B:「「才能がなくても解ける解法」を敢行する能力だって十分才能じゃないか」

なるほど…

3.数学とは何か。特に純粋数学などに見られる一つの考え方は、物理学などの自然科学はもうすでにそこにあるもの(物質、電気、etc.)を数学(なり実験なりの経験科学的手法)を使って理解しようとするのだが、数学はいわばその逆をやる。これこれこういう公理を立ててみると、それだけでいかに驚くべき定理の数々やそれらが織りなす構造的体系がfollowするか、それを理解しその美しさを愛でる学問である、と。

理解が間違っているかもしれませんが、今まで「数学とはなにか」をついぞ理解できないできた中、これが僕にとってもっとも腑に落ちる理解の仕方だった。特に3が一番知りたかったことで何度も聞き返して説明を求めたものですが、結局教えていただいたことがすべて理解できているのか自信がない。

かっこいいなあ。数学が分かるようになりたいなあ。


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